死と再生の物語(ナラティヴ)―中国古代の神話とデザイン
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- 6月11日
- 読了時間: 7分
会期:2025年6月7日[土]〜7月27日[日]
開館時間:11時~18時 ※金曜日は19時まで開館 ※入館は閉館30分前まで
休館日:月曜日(7/21は開館)、7月22日[火]
会場:泉屋博古館東京(東京・六本木一丁目駅)
【同時開催】泉屋ビエンナーレSelection

重要文化財《画文帯同向式神獣鏡》 中国・後漢末~三国(3世紀) 泉屋博古館
世界屈指の青銅器・青銅鏡の名品に施された意匠から、
中国古代の洗練されたデザイン感覚と、
その根底にある神話や世界観を読み解く!!
中国古代では空想上、実在のさまざまな動物や植物、神仙たちがデザイン上に登場する。本展では、泉屋博古館が所蔵する世界屈指と称される青銅器・青銅鏡の名品を中心に、中国古代の洗練されたデザイン感覚と、その根底にある神話や世界観を紹介する。
「動物/植物」「天文」「七夕」「神仙への憧れ」という4つの観点からデザインの背景を読み解き、さらにそれが日本美術に与えた影響についても触れていく。

重要美術品《鴟鴞尊》 中国・殷(前13-前12世紀) 泉屋博古館
第1章「天地をつなぐ動物たち」では、中国古代デザインにおける動物たちの役割を読み解く。
中国古代の文物のデザインには、実在・空想を問わず多様な動物が登場するが、それは単なる装飾ではない。天と地をつなぐ媒介としての役割が与えられていたと考えられている。
中国皇帝の象徴としても知られる龍は、天地をつなぐ存在として、雨をもたらし死者の魂を守護する役割を担い、文物に表現された。
青銅器《鴟鴞尊(しきょうそん)》に表されたフクロウ・ミミズクを指すとされる「鴟鴞」は、漢代以降の文献では不吉の悪鳥とされたが、漢代より1000年ほど遡った殷代では夜行性の猛禽類という性質が注目され、夜=死者の世界を守るモチーフと考えられている。
背中合わせのミミズクをかたどった《戈卣(かゆう)》は、《鴟鴞尊》同様に墓に副葬されることが多く、死者が安寧な世界へと導かれることを願った意匠とみられている。また、ミミズクの死角を補うように、太ももなど各所に目を持つ動物の文様が隠されており、「360度見張る」意図が込められていると考えられてる。
これらの動物たちは、安寧な死後の世界へ至るための象徴であり導き手として、そのデザインに深い世界観が込められている。

《戈卣》 中国・殷(前12世紀) 泉屋博古館
第2章「聖なる樹と山」では、中国古代のデザインに見る「世界樹」と死生観を探る。
世界各地の神話に共通する、天と地をつなぐ巨大な樹木や山の概念は、中国古代のデザインにも見られる。
中国古代では、東方の彼方にあるとされる巨樹「扶桑(ふそう)」から10個の太陽が代わる代わる昇り降りすると考えられていた。一方、西方の彼方には大地の中心とされる「崑崙山(こんろんざん)」がそびえ立ち、死者の魂がここを昇ることで天界へ通じると信じられていた。
扶桑や崑崙山を表すこれらの文様は、画像石や鏡といった文物に見ることができる。特に、死者を祀る場を飾る画像石にこれらの文様が見られるのは、「天に通じる」という思想と結びつき、まさに死と再生を象徴するモチーフとして捉えられていたためだろう。
この章では、こうした聖なる樹と山に焦点を当て、中国古代の人々が築き上げた独創的な世界観の一端を探る。

《蟠螭樹木文鏡》 中国・前漢(前3-2世紀) 泉屋博古館
第3章「鏡に映る宇宙」では、中国古代のデザインと天文・宇宙観の反映にフォーカス。
中国古代において、太陽や月、星々といった天文の知識は、暦を作る上で不可欠なだけでなく、未来の出来事を予測する技術でもあった。この思想は、吉兆を告げる「瑞獣(ずいじゅう)」と結びつき、さまざまなデザインに表現されている。
西洋の星座とは異なる独自の星座体系を持っていた古代中国の天文は、南宋時代の「淳祐天文図」からも窺い知ることができる。特に漢代に流行した《方格規矩四神鏡》には、「天円地方」の思想をあらわすように方格(四角形)が円で囲まれている。その間に天地をつなぐ「T」「L」「V」字文様とともに、東西南北に配置された四神(青龍、白虎、玄武、朱雀)が配置され、一枚の円盤の中に古代中国の人々による壮大な宇宙観が凝縮されている。
太陽や月、星々が規則的に現れては消え、そして再び姿を現す様子は、あたかも古代のプラネタリウムのように死と再生を体現するものとして人々の心を捉え、デザインにも特別な意味合いを持って表現されたのだろう。本章では、こうした天文とデザインの密接な関係性を深掘りする。

《方格規矩四神鏡》 中国・前漢末(前1世紀-後1世紀) 泉屋博古館
第4章「西王母と七夕」では、西王母(せいおうぼ)と七夕伝説が中国古代のデザインにどのように現れ、日本美術に影響を与えたかを探る。
崑崙山に住まうとされた西王母は、当初は半人半獣の恐ろしい姿で文献に登場したが、漢代には美しい仙女として画像石や鏡に描かれるようになり、日本の近世絵画でも吉祥の画題として親しまれた。彼女は不死の仙薬を持つとされ、その薬を兎が搗く図像も制作された。一方で、死や疫病を司る危険な神としての側面も持ち合わせていたと考えられており、元来は二面性を持つ女神であった可能性がある。
この西王母信仰と関連して展開されるのが、牽牛(けんぎゅう)と織女(しょくじょ)の七夕物語だ。七夕は単なる恋愛物語ではなく、その背景には農耕儀礼に基づく中国古代の信仰や、織物=宇宙創造のメタファーとしての思想を持ち、死と再生に関する象徴性が込められていた。
本章では、西王母と七夕にまつわる中国古代の物語がデザインとして表現され、それが日本美術にどのように継承されていったのかを、様々な美術品を通して紹介している。

《月兎八稜鏡》 中国・唐(8-9世紀) 泉屋博古館

上島鳳山《十二ヶ月美人》のうち《八月 嫦娥》 日本・明治42年(1909) 泉屋博古館東京
第5章「神仙への憧れ、そして日本へ」では、不老不死への憧れから流行した神仙思想が、神獣鏡のデザインにも大きな影響を与えて日本にも伝わった伝播の過程を、重要文化財を含む名品を通じて追う。
前漢末期、社会の混乱の中で人々の救いを求める心が西王母信仰の爆発的な流行を招いた。これに呼応するように、後漢時代には「神獣鏡」が盛んに作られるようになる。神獣鏡には、西王母と対をなす男神・東王公(東王父)、伝説上の琴の名手である伯牙(はく が)とその理解者・鍾子期(しょう しき)など、象徴的な神仙が鏡の背面を飾った。
これらの神獣鏡は、やがて日本列島へも伝来する。中国鏡を模倣した国産の鏡も作られ、有力者の権威を象徴する重要な品として扱われた。『魏志倭人伝』に記された卑弥呼の魏への遣使と関連付けられる《三角縁神獣鏡》は、古墳から出土する鏡として知られているが、中国では出土例がなく、日本独自の展開とみられている。今回は、泉屋博古館が所蔵する7面の三角縁神獣鏡すべてが初めて展示されるのも見どころ。また、魏・呉・蜀それぞれでつくられた鏡が揃い、『三国志』ファンにはたまらない機会となる。

《三角縁四神四獣鏡》 中国・三国 (3世紀) 泉屋博古館
なお会場では、日本に受け継がれた中国由来の物語が、近代絵画の名品で鑑賞できることも嬉しい。
上島鳳山《八月 嫦娥》には、10個の太陽が一度に空に出てしまったとき、9個を射落とした弓の名手・后羿(こうげい)の妻であり、兎が搗いた仙薬を盗んで月に逃げてヒキガエルに姿を変えられてしまうと伝えられる嫦娥(じょうが)が、美しい姿で描かれている。
尾竹竹坡の《寿老人図》に描かれた寿老人は、実はカノープスという南の空に低く上がる、太陽以外ではシリウスの次に明るい星。見つけると吉、長寿が授けられるという発想になって、寿老人(南極老人)として擬人化された。

尾竹竹坡《寿老人図》 日本・明治45年頃 泉屋博古館東京
さらに、2021年と2023年に泉屋博古館で開催された「泉屋ビエンナーレ」の選りすぐりの現代作家の作品が初めて東京で展示されることも楽しみだ。

佐治真理子《きいてみたいこと ~Who are you?~》 2021年 泉屋博古館蔵
本展では、中国古代の人々が抱いた死生観、自然観、そして宇宙観が、どのようにして有形なデザインへと昇華され、時代や地域を超えて現代へと受け継がれてきたのかを紐解いている。
展示される文物一つひとつが語りかける「物語」に触れることで、奥深い中国古代思想の世界を体験する貴重な機会となることだろう。
入館料
一般1,200円(1,000円)、学生600円(500円)、18歳以下無料
※20名様以上の団体は( )内の割引料金
※死と再生の物語・泉屋ビエンナーレSelectionの両方をご覧いただけます
※入館券はオンラインチケットを除き、館受付での販売となります
※学生・18歳以下の方は証明書をご呈示ください
※障がい者手帳等ご呈示の方は無料
※ぐるっとパス2025、泉屋博古館東京年間パスポートも利用可
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