橋口五葉のデザイン世界
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- 6月19日
- 読了時間: 6分
会期:2025年5月25日[日]~7月13日[日]
前期 5月25日[日]~6月15日[日]
後期 6月17日[火]~7月13日[日]
開館時間:午前10時~午後5時 (入館は午後4時30分まで)
休館日:月曜日
会場:府中市美術館2階企画展示室
最初の小説『吾輩ハ猫デアル』を出す夏目漱石の期待に
大胆な手法で応えた橋口五葉の革新的な才能と、多岐にわたる活動を知る!!
女性の美しさを表現した版画で世界的に知られている橋口五葉。しかし、その活動は書籍の装幀、ポスター、洋画、日本画と多岐にわたる。
本展は、日本の書斎空間を美しく彩った五葉装幀の世界を中心に、五葉のデザイン世界を紹介するもの。

橋口五葉による夏目漱石著作の装幀 個人蔵(千葉市美術館寄託ほか) 撮影:上野則宏
会場は、全5章で構成されている。第1章は『吾輩ハ猫デアル』。
夏目漱石のデビュー作『吾輩ハ猫デアル』は、内容の面白さに加え、橋口五葉による装幀デザインも高く評価されている。
漱石は最初の小説を世に出すにあたり、たとえ売れなかったとしても「美しい本」を望み、美術談義を通じて交流のあった五葉に装幀を依頼した。五葉はジャケット(カバー)や表紙に装飾デザインを施し、天金、アンカット(無裁断本)という当時としては大胆な手法で応えた。その結果、小説の人気と珍しい装幀が相まって好評を博し、後に上・中・下巻の3冊本や縮刷版(『寸珍・吾輩ハ猫デアル』、会場ではその絶妙なサイズとかわいらしい装幀に注目)、英語版も出版されるほどのベストセラーとなった。

『吾輩ハ猫デアル』上・中・下編(夏目漱石著) 1905~07年 個人蔵 撮影:上野則宏
第2章は「橋口五葉と夏目漱石」。
五葉のブックデザイナーとしてのキャリアは、漱石の著作の装幀から始まった。英国留学で美術への造詣を深めた漱石と五葉の交流は、五葉の兄を介した水彩画絵葉書の交換がきっかけ。交流の輪に高浜虚子なども加わり、五葉は俳句雑誌『ホトトギス』の挿絵や表紙絵を担当するようになり、同誌の重要な一時代を築くこととなる。「吾輩は猫である」も『ホトトギス』に連載されたことで、同誌は漱石と五葉にとって重要な活動の場となった。
『吾輩ハ猫デアル』を皮切りに、『漾虚集』、『鶉籠』、『虞美人草』など、漱石の著作が発表されるたびに五葉が装幀を手がけ、世紀末美術などの流行を取り入れた個性的で内容に即したデザインは、漱石作品に不可欠な要素となり、装幀の見本ともいえるものだった。

橋口五葉による泉鏡花著作の装幀 個人蔵(千葉市美術館寄託ほか) 撮影:上野則宏
第3章は「五葉装幀の世界」。
五葉は「日本の本を美しく包むこと」を追求し、漱石や泉鏡花の著作など、日本近代文学史に残る美しい装幀を数多く手がけた。彼は西洋のモダンデザインと日本の伝統的な和の模様を融合させることに腐心し、海外の美術雑誌から江戸時代の画譜まで幅広く研究していた。
五葉の装幀、通称「五葉装」は、作家の個性や作品内容に深く寄り添って制作された。例えば、鏡花作品では伝統的な木版技術を駆使し、翻訳文学では東西美術の融合を試みている。また、叢書(シリーズ本)を手がける際には、本が書棚に並んだ際の美しさを考慮し、背表紙のデザインを重視した。
装幀の構想段階では、まず本の「表題」からイメージを膨らませ、和紙に墨書でアイデアを練ったり、方眼紙に鉛筆でレイアウトを検討したりと、試行錯誤を重ねて最終的な下絵へと落とし込んでいる。展示されている数々の下絵からは、五葉の綿密な制作過程を垣間見ることができる。

《此美人》 1911年 鹿児島市立美術館蔵
第4章は「五葉の画業」。
日本画を嗜んだ父の影響を受け、兄弟で美術談義を交わす家族のなかで育った五葉は、自身も日本画に取り組み、橋本雅邦に師事した。
しかし、黒田清輝の助言で西洋画に転向し、東京美術学校西洋画科で素描や油彩画を習得。ここで培った日本画の素養と西洋的な描写を融合させる試みは、《孔雀と印度女》や三越県服店のポスター懸賞で一等賞となった、《此美人》に結実する。
その後、より自由な絵画制作の場を求めて「无声会」へと活動の場を移し、装飾性の高い《黄薔薇》を発表している。
五葉の画業の根底には、少年時代からの草花のスケッチや、後の人物デッサンといった徹底した観察に基づく素描の習慣があり、これが五葉のグラフィックデザイン形成の源となったのだ。

《黄薔薇》 1912年 鹿児島市立美術館蔵
第5章は「新板画へ」。
大正期に浮世絵の再評価が進む中、学生時代から浮世絵を蒐集していた五葉は、大正3年(1914年)以降、研究者としても名を馳せるようになる。その活動を支援したのが、版画家・渡邊庄三郎だった。渡邊が提唱する「新板画」の制作に共鳴した五葉は、渡邊のもとで第一作となる《浴場の女》を制作する。
五葉は書籍の装幀や浮世絵の復刻事業を通じて、すでに彫師や摺師といった職人たちとの協業経験があり、その知見を活かして《耶馬溪》をはじめとする私家版の制作に乗り出した。彼は素描に幾重にも重ねられた線から「一本の線」を導き出し、その線が織りなす美しい表現を追求し、《化粧の女》や《髪梳ける女》など13点の版画を制作。伝統技術と五葉独自のオリジナリティが融合した珠玉の作品群を残した。

《化粧の女》 1918年 鹿児島市立美術館蔵
五葉の作品全体に共通するのは、装幀に見られる職人との協業、素材へのこだわり、そして花や小動物のモチーフを用いた華やかな装飾性だ。これは、同時代のアール・ヌーヴォーといったヨーロッパの美術潮流と、琳派や浮世絵などの日本の伝統美術が、五葉独自の美意識によって融合することで生まれた、唯一無二の作品世界を形成している。
本展では、装幀を出発点として五葉の全仕事を総覧することで、装飾や美術という枠組みを超えた橋口五葉の豊饒なデザインの世界を堪能することができるだろう。

《髪梳ける女》 1920年 鹿児島市立美術館蔵
【観覧料】
一般 800円(640円)
高校・大学生 400円(320円)
小・中学生 200円(160円)
※「橋口五葉のデザイン世界」展観覧料金でコレクション展もご覧いただけます。
※( )内は20名以上の団体料金。
※府中市内の小中学生は「府中っ子学びのパスポート」提示で無料。
※未就学児は無料。
※障害者手帳(ミライロID可)等をお持ちの方と付き添いの方1名は無料。
※その他各種割引・優待についてはこちらをご覧ください。
※最新の開館状況については、美術館ウェブサイト、またはハローダイヤル(050-5541-8600)等にてご確認ください。
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