top of page

異端の奇才──ビアズリー

  • ldq03330
  • 2月26日
  • 読了時間: 6分
会期:2025年2月15日[土]~ 2025年5月11日[日]
開館時間:10時~18時
     祝日を除く金曜日と会期最終週平日、第2水曜日、4月5日は20時まで)
     ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日

    但し、[トークフリーデー :3月31日、4月28日]、5月5日は開館


会場:三菱一号館美術館
展覧会公式サイト https://mimt.jp/ex/beardsley/

オーブリー・ビアズリー《クライマックス》 1893年、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

Photo: Victoria and Albert Museum, London



V&Aコレクションを生かした素描や代表作約220点で画業全体をたどり、

オスカー・ワイルドとの関係や秘密の制作環境にメスを入れた大回顧展!!


 25歳で世を去った“異端の奇才”オーブリー・ビアズリーの大回顧展。

 1872年生まれ。21歳のときに『STUDIO』創刊号に特集を組まれて脚光を浴びた。22歳でオスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』の挿絵画家として脚光を浴び、一躍寵児となるも、わずか25歳半で亡くなる。ビアズリーは、7歳のときにかかった肺結核で自分の短命を知っており、すさまじい勢いで制作をしていたと考えられる。

 ビアズリーが世界的にはもちろん、研究者にいかに愛されていたかは、先行研究の数の多さ、カタログ・レゾネが英国の人気画家であるターナーやロセッティよりも分厚いことからもわかる。そこにはたった5年半の表舞台の活躍期間でありながら、1000点以上の作品が収められている。


オーブリー・ビアズリー《アーサー王は、唸る怪獣に出会う》 1893年、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

Photo: Victoria and Albert Museum, London


 本展の注目すべきポイントは、主に三つ。

 ひとつは、世界有数のビアズリーコレクションを有するヴィクトリア・アンド・アルバート博物館から来日した150点のコレクションを通じて、ビアズリーの“スタイルの変遷”を見せること。

 たとえば《アーサー王は、唸る怪獣に出会う》(1893年)では、バーン・ジョーンズ(ロセッティの弟子)の影響を受けてかなり描き込んで画面を構成しているが、ラインブロック印刷ではその細い線が見えなくなる。ビアズリーはそこに気づき対策を練る。展示では、素描と印刷された本とで比較体感することができる。

 サロメがヨカナーンの首を手にする《クライマックス》では、ラインブロック印刷が明確な白黒しか表現できない特性を逆手にとって、ビアズリーは大胆に白と黒を分割し、線をくっきりと生かしきる画風を作った。


オーブリー・ビアズリー《愛の鏡》 1895年、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

Photo: Victoria and Albert Museum, London


 翌1895年の《愛の鏡》ではさらに画風を変えているが、実はこの間には事件があった。ワイルドが男色裁判で負けて投獄されたのだ。蜜月といえるのは6か月ほどの、それほど仲の良い関係ではなかったものの、ビアズリーも一緒に仕事を切られて定収入を失ってしまう。

 その後は1895年から亡くなる1998年までの実質2年ほどの間、次々に画風を変えていった。会場ではこの時期の《髪盗み》や《モーパン嬢》もずらりと見ることができる。


エドワード・ウィリアム・ゴドウィン《ドロモア城の食器棚》 1867-86年、豊田市美術館


 また、1894年竣工の三菱一号館の建物にちなみ、設計者のジョサイア・コンドルが来日した1870年代に英国で流行していた唯美主義の意匠や、アングロ=ジャパニーズ様式がうかがえる家具の展示をしている。ビアズリーもこのような家具や装身具を《サロメの化粧Ⅱ》の中に描き込んでいる。

 会場では日本の家紋から意匠を取ってデザイン化した陶磁器などの展示もあり、建物との同時代性を楽しむこともできる。


オーブリー・ビアズリー《サロメの化粧Ⅱ》 1907年、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

Photo: Victoria and Albert Museum, London


 二つ目のポイントは、オスカー・ワイルドとの関係の見直し。

 ワイルドが戯曲『サロメ』を描いてパリでフランス語で発表する。ユイスマンスが『さかしま』という小説の中で、モローの《サロメの舞踏》について詳述した時期でもあり、ワイルドがわざわざフランス語で書くときに念頭にあったのは、モローの作品だったのではないかと言われている。今回、その作品の水彩画バージョンをメナード美術館から借りて1か月だけの限定展示をしている。


ギュスターヴ・モロー《牢獄のサロメ》 1873-76年頃、国立西洋美術館 松方コレクション


 ビアズリーが雑誌『STUDIO』の特集で注目を浴びると、ビアズリーを見込んだ出版業者によって、ワイルドが押し切られるような形で『サロメ』に起用された。

 では、ワイルドは本来、誰を念頭においていたのか? それはチャールズ・リケッツだっただろうと本展監修者の河村錠一郎氏は語っている。リケッツはワイルドの著作のただ一点『サロメ』を除く初版本の全ての装丁と挿絵を任されている。

 『サロメ』の挿絵にはふくよかな顔がいくつも出てくるが、それは美青年で売ってきたワイルドが40を過ぎてふっくらしてきた容貌をビアズリーが揶揄して描いたもので、ビアズリーの画風とともにそれもワイルドは気に入らなかったものと思われる。


チャールズ・リケッツ《サロメ》 1925年、ブラッドフォード地区美術博物館

Photo: Bradford Museum & Galleries/Bridgeman Images


 ポイントの三つ目は、制作環境の再現。

 ビアズリーは没落した家の子で、父は肺結核で病弱。家族を支えていた母を経済的に支えるため、16歳から事務員として働いていた。夜は21時からひとり蝋燭を灯して制作活動に励んだ。そのスタイルは、『サロメ』で成功してからも抜けず、昼でも分厚いカーテンで外光を遮断して蝋燭の光で描いて親しい友にも見せたがらなかったという


オーブリー・ビアズリー《アヴェニュー劇場公演の宣伝ポスター》

1894年、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館 Photo: Victoria and Albert Museum, London


 最盛期に住んでいた部屋は、コーラルオレンジの色の壁紙に黒い幅木の部屋だったとされるが、実はその部屋はユイスマンスの『さかしま』で主人公が住んでいた部屋でもあった。その意味でもビアズリーはワイルドと近いメンタリティは持っていたと思われる。会場ではその部屋が、スティーブン・キャロウェイ氏から借用したビアズリーの机とともに展示されているのも見どころ。


オーブリー・ビアズリー《詩人の残骸》 1892年、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館

Photo: Victoria and Albert Museum, London


 初期から晩年までの挿絵や希少な直筆の素描にくわえて、彩色されたポスターや同時代の装飾など、約220点を通じてビアズリーの芸術を展覧する。

 この絶好の機会に、魅惑のビアズリー沼にどっぷりとハマってみてはいかがだろう。




観覧料金


一般  当日2,300円

大学生 当日 1,300円

高校生 当日 1,000円

※障害者手帳をお持ちの方は半額、付添の方1名まで無料


<オンライン販売>

ビアズリー偏愛パス※5,000円 ※1名様のみ、会期中何度でもご利用可能


<チケット窓口>

毎月第2水曜日「マジックアワーチケット」1,600円

当日の17時以降に同館チケット窓口でのみ販売します。


※価格はすべて税込

お得なチケットについて詳しくはチケット情報をご覧ください


 
招待券プレゼント
読者アンケート「異端の奇才ービアズリー展に期待すること」を添えてWeb美庵編集部宛、メールにてご応募ください(LDQ03330@nifty.com)。抽選で2組4名様に招待券をプレゼントいたします。なお、当選は発送をもって代えさせていただきます。
 

Commenti


I commenti sono stati disattivati.
©
bottom of page