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片平孝写真展「塩の旅 ~地球の塩の現場に立つ~」

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  • 2月9日
  • 読了時間: 7分

会期:2026年1月31日[土]~4月5日[日]

開館時間:午前10時~午後5時  ※入館締切は午後4時30分

休館日:毎週月曜日(ただし、2月23日は開館)、2月24日[火]


会場:たばこと塩の博物館 2階特別展示室




耽美や情緒に偏ることなくありのままの大自然の現場を伝えようとした、

片平孝という一人の写真家が歩んだ「塩の旅」


  写真家・片平孝は1970年代から「塩」をテーマに、アフリカを皮切りに、世界各地の塩湖・塩原・岩塩坑・天日塩田などを取材する「塩の旅」を続け、塩の造形美と人類に不可欠な存在であることを伝える作品を発表してきた。

 惜しくも2025年にこの世を去ったが、その広範で深い取材は他に類を見ない。

 本展では、世界の「塩の現場」で撮影された約80点の写真と、片平氏の「塩の旅」を支えた、中判フィルムカメラやデジタルカメラ、ともに旅をしたベストなどを通して、地球が育んだ驚異に満ちた「塩の風景」と、片平氏の生涯のまなざしをたどる。


砂丘を越えるハウサ族の塩キャラバン(ニジェール) 1972年

「旅の最初は1972年、ヒッチハイクのような形でとび乗った、サハラ砂漠のキャラバンだった。彼らが運んでいたのは塩。朝8時に出発して深夜の0時過ぎまで、移動し続けることなど夢にも想像していなかった」(片平孝)


1.アフリカ 塩との出会い・探求

 「砂丘を越えるハウサ族の塩キャラバン(ニジェール)」は、塩の写真家・片平孝の原点を象徴する一枚である。

 命がけで塩を運ぶ人々との出会いが、塩の尊さへの深い感動を生み、アフリカから始まった片平孝の「塩の旅」は、半世紀にわたる片平のライフワークへとつながっていった。


ラック・ローズと呼ばれるレトバ塩湖 (セネガル)  2001年頃

※ラック・ローズはフランス語で「バラ色の湖」を意味する、赤い水をたたえた約3k㎡の塩湖。

「首まで湖に浸かり、足で、湖底に堆積した塩をザルにかき入れる。結んだロープでザルを水面まで引き上げては、

塩を船に放り込む。塩分濃度30%を超える水の中で作業する男たちの黒褐色の肌が、ウエットスーツのように見える。肌を保護するためにシアーバターを塗っているからだ」(片平孝)


2.アフリカ 大地溝帯に魅せられて

 アフリカ東部を南北に貫く大地溝帯は、地球の鼓動を刻む巨大な断層が連なる場所である。大地の裂け目から生まれる、日本では想像もできない多彩な塩の景観は、地球の力を感じさせる最前線として片平氏を強く惹きつけた。


夕日のアッベ湖に立ち上がる石灰の塔のシルエット(ジブチ/エチオピア)  2011年

※アッべ湖はジブチとエチオピア国境に位置する、炭酸ナトリウムを多く含むアルカリ性の塩湖で、水深2〜4mの水域

と湿地が広がり、湿地には噴出した石灰分が固まったトラバーチンの塔が並ぶ。

「浅いアッべ湖の水面が夕日に染まる。岸辺に立ち上がる石灰の塔トラバーチンがシルエットになって、要塞のよう

に見える」(片平孝)


3.アフリカ 33年越しに叶えた夢

 片平氏の「塩の旅」の原点は、1970年にマリで出会った岩塩キャラバンだった。立ち入ることも叶わなかった産地タウデニへの憧れを胸に抱き続け、33年の時を経て2003年、ついにその夢を実現し、キャラバンの全行程を追いかけた。


タウデニの岩塩を切り出し整形する(マリ)  2003年

※タウデニの岩塩採掘場は、干上がった太古の塩湖底に形成された水平な岩塩層を、

地面を約3m掘り下げて切り出す場所である。

「切り出した厚さ約20cmの岩塩の原石は両面を削り落とし、純度の高い中心4cmを残して塩の板に仕上げる。

(中略)労働は寿命を縮めるほど過酷で、しかも手掘りの採掘方法は、500 年間まったく変わっていない」(片平孝)

 

4.オセアニア 乾燥大陸の奇観

 「塩」だけでなく地球が生み出す壮大な景観に惹かれた片平氏は、オーストラリアの塩湖や塩田、エアーズロックに象徴される奇岩を巡った。乾燥の大地に広がる「塩」「岩」「星」は、まさに彼のテーマが重なり合う、格好の場所だった。


エーア塩湖の湖面を覆う塩の結晶(オーストラリア)  1991年

※南オーストラリア州北部の中央盆地には塩の湖が点在し、

その一つであるエーア湖は、普段は塩の平原だが雨季にのみ湖となる。

「足元に広がる絡み合った棘のある低木をかき分けて湖面に立った。夕日に染まっていく塩の花が見える。自然が

つくり蓄えた膨大な塩の平原をながめていると、太古の海の輝きが蘇ってくるような気持ちになった」(片平孝)


5.ヨーロッパ 歴史遺産と塩づくり

 ヨーロッパには雄大な自然がむき出しになった景観は少ないが、その代わりに、塩と人間が長い時間をかけて築いてきた濃密な歴史が深く刻み込まれている。片平氏は、中世から続く天日塩田や岩塩坑を巡りながら、土地の成り立ちや岩塩鉱脈に思いを巡らせ、その重層的な歴史に強く心を動かされていた。


マルサーラ塩田の収穫作業(イタリア)  2004年

※池を移し替えながら海水を濃縮して塩を作る天日塩田の基本形はこの地に由来し、

地形や気候に応じて世界に広まったが、マルサーラ塩田は古代ローマ時代からほぼ姿を変えていないとされる。

「天日塩田では、結晶池で塩を採る作業を『収穫』という。厚さ約5cmで結晶池いっぱいに堆積した塩を2m四方ごとに区切り、小山にする作業をしている。ピラミッド型に盛り上げるのは、塩にまとわりついたにがりを流し落として抜くためだ。海水がきれいだから塩も純白」(片平孝)


6.アジア 塩づくりの地を求めて

 アジアにもまた、塩と人間が長く寄り添ってきた歴史を語る製塩地が息づいている。壮大な自然景観を求めてアフリカや南米を巡ってきた片平氏は、やがてアジアに至り、塩を軸に世界を見つめ直す「塩の旅」を、自らの人生を懸けたライフワークとしてはっきりと胸に刻んでいったように思われる。


ダニ族の塩の池(インドネシア)  2004年

※ダニ族の村には石器時代の塩づくりが残り、標高1800mの中腹に海水より薄い塩水が湧く小さな池がある。

「乾季には、池の塩水にバナナの茎を浸してしみこませたあと、取り出した茎を乾かし、さらに燃やして灰まじりの塩をつくる。しかし、訪れた季節は雨季で、(中略)バナナの茎を池に浸して繊維をもみほぐし、塩水をしみこませて、浅漬けのようなものを作っていた」(片平孝)


7.北米 砂漠と塩と星の旅

 北米の乾いた大地には、塩や岩の荒々しい景観とともに、息をのむほど澄み切った星空が広がっている。塩や岩に惹かれてきた関心に、夜空の星までも重ね合わせるには、これ以上ない舞台だったと言える。


モニュメント・バレーに昇る大熊座(アメリカ合衆国) 撮影年不明


8.南米 地球と塩のハーモニー

 片平氏の「塩の旅」は、出発点のアフリカから南米へと力強く広がっていった。アタカマ砂漠やウユニ湖といった、地球と塩が極限まで結びついた圧倒的な景観に引き寄せられ、岩塩坑や塩田を巡りながら、南米に数多くの作品を刻み残していった。


シパキラ岩塩坑 地下の岩塩教会大ホール(コロンビア)  1985年

※コロンビアの首都ボゴタ北方約50kmにある岩塩鉱山の町シパキラには、

「黒いカテドラル」と呼ばれる岩塩教会がある。

「岩塩を掘り出したあとに残った空間を利用して、1万人を収容できる大寺院がつくられた。無機質な水銀灯に照らし出された黒い大聖堂は、いかにも霊験あらたかな雰囲気があった」(片平孝)


塩の結晶したウユニ湖に群れるフラミンゴのひな(ボリビア) 1986年

※ウユニ湖はボリビア南西部の標高約3,700mに位置する、雨季以外は干上がる世界最大級の高地塩湖である。

「時速100 キロで快適に走っていると、突然たくさんのフラミンゴのひなが一斉に走り出す光景が目に入った。親鳥は天敵から雛を守るために干上がった塩湖で子育てする。キツネなどの外敵から身を守るには最も適した場所であるが、親鳥はどこからエサを運んでくるのだろうか」(片平孝)


 不思議なことに、片平の写真からは、芸術作品を撮りたいとか、写真史に名を刻みたいといった発想に由来する、作為的な欲望がほとんど感じられない。

 一方で、普段は温和な人柄でありながら、「現場に立つ」という意志の強さは並外れたものがあったという。

 耽美や情緒に偏ることなくありのままの大自然の現場を伝えようとした、片平孝という一人の写真家が歩んだ「塩の旅」を、ぜひ追体験してほしい。



【入館料】

大人・大学生 300円

小・中・高校生 100円

満65歳以上の方 100円


※未就学児の方は無料です。また、障がいのある方は、障がい者手帳(ミライロID可)などのご提示で、ご本人様と付き添いの方1名まで無料です。


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