仏・バルジャックのアトリエを中心に、
キーファーの膨大な作品群を彼が歩んだ人生とともにたどる。
冒頭、夜明けとともに現れる、鉄製の白いドレスをまとう、首のない(あるいは無機的な首を付けた)《古代の女王》たち。四角柱の塔たちがそびえる茫漠とした空間を、ただひとり歩くキーファー。
南仏バルジャック村に200万エーカーもの広大な土地を買い取り、弟子たちと造り上げたスタジオ複合施設「ラ・リボーテ(La Ribaute)」は、2022年5月に一般公開された。70を超える彼の記念碑的作品に埋め尽くされて、それ自体がアートと評されている。どこまで続くのかもわからない、途方もなく広い工場跡の建築空間を、鼻歌交じりに自転車で移動するキーファーを、ヴィム・ヴェンダース監督のカメラは追う。
本作は、戦後ドイツを代表する芸術家であり、ナチスや戦争、神話などドイツの暗黒の歴史を主題とした作品群で知られるアンゼルム・キーファーの生涯と現在を追ったドキュメンタリーだ。キーファーはヴェンダースと同じ1945年生まれであり、初期の作品の中には、戦後ナチスの暗い歴史に目を背けようとする世論に反し、ナチス式の敬礼を揶揄する作品や、80年のヴェネチア・ビエンナーレ西ドイツ館ではナチスの英雄をテーマにした作品(ナチスに利用された者たちの誤解を解く意図があった)を作るなど“タブー”に挑戦する作家として、美術界の反発を生みながらも注目を浴びる存在となった。1992年からは、フランスに拠点を移し、わらや生地を用いて、歴史、哲学、詩、聖書の世界を創作している。彼の作品は一貫して、戦後ドイツや「死」に向き合っている。まさに“傷ついたもの”への鎮魂を捧げ続けるアーティストだ。
なぜ、今、ヴェンダースによるキーファーなのか。「アンゼルムとは、1991年にドイツでの大きな展覧会(Anselm Kiefer : Nationalgalerie Berlin 1991)の準備をしているときに初めて会いました。2週間、毎晩会ってディナーを共にしまし、いろいろな話をし、お互いをよく知るようになりました。2週間経った辺りで、実は私は画家になりたかったと話したんです。一方、アンゼルムは、実は映画監督になりたかったという話になり、じゃあ一緒に何かやりましょうということになりました。結局、その時には何もしなかったのですが、今となっては、それでよかったと思っています。というのは、もし当時、撮影していたら今回作ったような映画にはならなかったでしょうから」と、ヴェンダースはインタビューで語った。その後、2019年にキーファーからバルジャック村に誘われ、その風景と作品群を見て、「今なら映画が作れる」と思ったという。パンデミック中に2年にわたって3D&6Kで撮影、編集に2年半を費やした。とはいえ、従来の3D映画のような飛び出すような仕掛けではなく、絵画や建築を、立体的で目の前に存在するかのような奥行きのある映像を再現し、ドキュメンタリー作品において新しい可能性を追求した。「先入観を捨てて、この衝撃的なビジュアルをただ楽しんでもらいたい」とヴェンダースは語る。
本作は『PERFECT DAYS』が出品された第76回カンヌ国際映画祭で、ヴィム・ヴェンダース監督作品として2作同時にプレミア上映された。キャストには、アンゼルム・キーファー本人の他、自身の青年期を息子のダニエル・キーファーが演じ、幼少期をヴェンダース監督の孫甥、アントン・ヴェンダースが務めている。2人が登場することや映画の内容は試写会までに伏せられ、キーファーを驚かせたという。
ラストに語られるキーファー自身の「私には高みに到達している感覚がない。私は追放された、途中の人間なのだ」という言葉が強い印象を残す。日本では来年春、ほぼ30年ぶりとなる世界遺産・京都の二条城でのキーファーの新作展が控える。その新作展(未来)にも繋がる、ヴェンダースが捉えたキーファーの80年(過去と現在)ともいえるドキュメンタリー映画であり、壮大な映像叙事詩が完成した。
監督:ヴィム・ヴェンダース
エグゼクティブプロデューサー:ジェレミー・トーマス 撮影:フランツ・ルスティグ
ステレオグラファー:セバスチャンクレイマー 編集:マクシーン・ゲディケ 作曲:レオナルド・キュスナー
出演:アンゼルム・キーファー ダニエル・キーファー アントン・ヴェンダース
2023年/ドイツ/93分/1.50:1/ドイツ語・英語/原題:Anselm/カラー・B&W/5.1ch/3D&2D
字幕:吉川美奈子 配給:アンプラグド
原題:Anselm
公開:2024年6月21日よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国順次公開
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